NEWS
お知らせ
2026.02.12
CATEGORYコラム
コラムVol.2 なぜ鯖江の眼鏡は世界で評価されるのか?
福井県鯖江市が「眼鏡の聖地」と呼ばれるようになった背景には、100年以上にわたるものづくりの歴史があります。その始まりに名を残す人物が、増永五左衛門です。
明治38年(1905年)、増永五左衛門は「眼鏡を日本の産業にする」という志を掲げ、鯖江の地で眼鏡づくりを始めました。当時の日本では、眼鏡はまだ輸入品が主流で、国産化は容易ではありませんでした。それでも増永は、眼鏡づくりを地域産業として根付かせるため、技術の導入だけでなく、人材の育成にも力を注ぎます。
冬は雪深く、農作業ができない鯖江の風土は、細かな手作業を必要とする眼鏡づくりに適していました。増永の呼びかけにより、職人たちは技術を学び、共有し、地域全体で眼鏡づくりに取り組む体制が築かれていきます。この「一社で完結させるのではなく、産地として育てる」という考え方こそが、現在の鯖江の基盤となっています。
当初は決して恵まれた環境ではありませんでしたが、だからこそ職人たちは一つひとつの工程に工夫を重ね、技術を磨いてきました。その結果、鯖江ではフレームの成形、丁番(ヒンジ)、ロウ付け、磨き、表面処理、組み立てなど、数百にも及ぶ工程を分業で担う、世界的にも珍しい生産体制が確立されていきます。
この分業体制と職人技の積み重ねが、鯖江の眼鏡の代名詞ともいえる「掛け心地の良さ」を生み出しています。ミリ単位での調整、肌に触れる部分のなめらかな仕上げ、長時間掛けても疲れにくい設計。こうした要素は、機械だけでは再現できず、職人の経験と感覚によって完成します。110余年にわたり受け継がれてきた鯖江の匠の技と想いは、こうした掛け心地の中に息づいています。

増永五左衛門翁像と当時の眼鏡製造風景
さらに、鯖江の眼鏡づくりを語る上で欠かせないのが、チタンの加工技術です。
軽くて強く、錆びにくいチタンは眼鏡素材として理想的である一方、加工が非常に難しい金属でもあります。削りにくく、熱の影響を受けやすいため、高度な設備と熟練した技術がなければ扱うことができません。
鯖江ではいち早くチタンに注目し、フレーム加工、溶接、曲げ、磨きといった技術を長年かけて磨き上げてきました。特に、しなやかさと強度を両立させる加工や、顔に直接触れる部分をなめらかに仕上げる技術は、世界でも高く評価されています。現在では、世界の高級眼鏡ブランドが鯖江のチタン加工技術を求めるほどです。

チタンフレームの製造過程
鯖江の眼鏡が出来るまで https://oriens-opt.jp/process/index.html
鯖江の眼鏡づくりが大切にしてきたのは、流行ではなく「長く使えること」。
派手さはなくとも、使う人の毎日に静かに寄り添う眼鏡を届けたい――増永五左衛門の想いは、今も産地の中に脈々と受け継がれています。
手間を惜しまないものづくりと、真摯な姿勢を守り続けてきた歴史。
それこそが、鯖江の眼鏡が世界で評価され、選ばれ続ける理由なのです。

鯖江市の風景
次回のテーマは
「いままでの眼鏡店と、鯖江直営店の違い」
ぜひお楽しみに。
